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東京高等裁判所 昭和38年(ラ)436号 決定

抗告人 丸山喜一郎 外二名

主文

本件抗告を棄却する。

理由

抗告代理人鈴木熊七の抗告の趣旨及び理由は別紙のとおりである。

一、和解調書の違算、書損その他これに類する明白な誤謬を更正するには、訴訟上の和解が確定判決と同一の効力を有する旨の民事訴訟法第二〇三条の規定により同法第一九四条を準用して、裁判所(裁判官)の更正決定による方法と、和解調書が調書たる性質を失はない点に鑑み書記官が更正調書を作成し、裁判長(裁判官)においてこれを認証する趣旨で署名捺印する方法とが考えられる。そして訴訟上の和解について民事訴訟法第二〇三条の規定のなかつた当時の解釈としては和解調書について裁判所による更正決定は否定され、ただ後者即ち更正調書の形式による更正のみが考えられるに過ぎなかつた。(わが民訴法二〇三条に相当する規定を欠く独逸法の下に於いては現在も以上を以て通説とする)。現行民訴法の下に於て若し更正調書によることを考えると、書記官と裁判長が更正について意見が合致しない場合は裁判所法第六〇条五項の規定の適用を否定し得ないし(勿論同条項は基本たる和解調書自体の作成についても適用はあるであろう)、斯る現象は債務名義の完全性をそれ自体疑はしめること、更正調書によるべきことは理論上可能というにとどまり民訴法には斯る形式による規定のないこと、従つて当該書記官以外の書記官が斯る更正調書を随時作成し得るかも疑問である。然るに民訴法二〇三条により和解調書を確定判決の判決書と同視し従つて民訴法一九四条の準用を認めることは解釈上可能なのみならず、少くとも更正決定の形式によるときはこれについて前示裁判所法六〇条五項の適用の余地はない。斯く考えると現行法上は更正決定の方法による方が少くとも規定上無難であると云い得る如く思はれる。そして実務も大勢は更正決定の方法に従つているのである。然し上述した通り更正調書によることも理論上誤ということはできないであろう原審は更正調書の方法を採用し、これに対して抗告代理人から民事訴訟法第二〇六条に基く異議の申立がなされ、その却下の裁判に対して当裁判所に抗告がなされた。

二、ところで、民事訴訟法第八一条第二項第二号に基いて訴訟上の和解についても委任を受けている訴訟代理人は、訴訟上の和解の成立によつて訴訟が終了しても、和解調書の更正を申立て或は更正に対する不服申立についての代理権を有すると解するのが相当である。従つて訴訟代理人は更正決定の方法によつたときは更正決定に対する抗告(民訴法一九四条三項)についての代理権を有し、更正調書の方法によつたときは書記官の処分に対する異議及びこの裁判に対する抗告についても代理権を有するというべきである。抗告代理人鈴木熊七が東京地方裁判所昭和二九年(ワ)第一一四〇八号事件について被告丸山喜一郎、同池田実、同会田武二の訴訟代理人であり且つ和解の権限のあつたことは同事件の記録中の委任状(記録二〇乃至二二丁)からして明らかであるから、本件抗告についても代理権を有すると認むべきである。

三、昭和三五年七月二〇日に成立した右事件の和解調書によれば、和解条項第五項は、将来の賃料の支払(第一項)、それ迄の延滞賃料の割賦金(第二項)の支払を怠つたとき、及び第四項の条項に違反したときは、貸主は催告なくして建物の賃貸借契約を解除できる、としているのである。しかし、第四項は「賃貸借建物の畳替その他小修繕の費用は被告丸山の負担とし、大修繕の費用は原告の負担とすること。」というのであり、第三項は「被告丸山は今後書面による事前の承諾を得るのでなければ前記建物の全部又は一部を他に転貸し若しくはその賃借権を譲渡し、又は建物の現状を変更しないこと。但し、被告は相当の事由なくして前項の承諾を拒むことはできない。」というのであるから、契約解除事由とされるのは修繕費の分担ではなくて、無断転貸であることは右調書の全体の趣旨から明らかであつて、第五項(三)嘸に記されている「第四項」は前記摘示の「第三項」の誤記であることは明白である。このことは本件和解調書の原稿と認むべき記録添付の「和解条項」と題する書面(記録二六八・二六九丁)の記載を参酌するときは一層然る所以が明らかである。

よつて抗告人らの主張は理由がないから主文のとおり決定する。

(裁判官 鈴木忠一 谷口茂栄 安国種彦)

別紙 補正申立書

抗告の趣旨

原決定を取消すとの御裁判を求めます。

抗告の理由

一件記録により明らかなる通り本件更正決定事項は明白に申立人にとつて不利であり右決定は明白に裁判所の手違ひであつて申立人の責に帰すべきなんらかの理由なきを以つて失当であると思料致しますので茲に抗告に及ぶ次第です。

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